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【トピックス:お役にたつ関連情報 】

寺との墓地に関する契約

寺院と檀家の関係は旧来、信頼の上に成り立ってきました。檀家になる、と言えばその義務や権利についても「暗黙の了解」で済んでいた部分が多くあります。
しかし、現代の契約社会では、不文律はなかなか通用しないもの。実際に改葬や離檀の際にトラブルになることも多くあります。最近では新たな墓地建立には檀家契約書や墓地利用契約書を用意したり、また管理料の使途などを明確にする寺院も増えていますが、現存するお墓に関してはそのような契約がないことが多いようです。

かといって、お墓を閉めたい時など、もめたりしたときに「じゃあ契約書を出してみろ!」などというのは無理というもの。「トラブル回避術」などを参考に、慎重に進めたいものです。

お墓って何?

「お墓」というとあまりにも当たり前の言葉で、皆同じ認識を持っているような気がしますが、実際には、それほど皆同じように理解しているわけではありません。

このサイトでは「お墓」という言葉が何度も出てきますので、ここで一度、お墓、特に「伝統的なお墓」とは何か考え、また、このサイトにおける伝統的なお墓の定義をはっきりさせておきましょう。

お墓の役割と意味

お墓には、「ご遺骨の収蔵場所」という機能のほかに、いくつかの役割や意味があります。

  • 家や家の継続性のシンボル・家としての弔いのシンボル
  • 先祖を祀り、感謝する場
  • 故人との繋がりの場・繋がりの媒介ツール

伝統的な家墓(いえはか)とそのしくみ

家墓

家墓

「お墓」と言ってまず頭に思い浮かぶのが、お寺にある「○○家の墓」「○○家先祖代々墓」というものです。そうです。例のあれです。

これを家墓(いえはか)と呼んでいます。この家墓の事を通常「お墓」呼んでいることが多いとおもいます。このサイトで断りなしに「お墓」という場合はこの家墓の事をさしています

伝統的家墓は、簡単にまとめるとこんな仕組みのお墓です。

  • 一家は檀家となっている寺に一つお墓を持つ
  • 一人の子供、通常長男に承継する(受け継ぐ)
  • したがってその墓には代々長男家族が葬られる
  • それ以外の男児は新たにお墓を作る

今のかたちのお墓が出来たのは最近の事

土葬墓地

現在は使用されていない土葬墓地
(埼玉県新座市大和田:両墓制墓地)
写真Wikipedia

かつて、お墓は一部の上流階級の人だけの物でした。一般人が墓(個人や夫婦の墓が多かった)を持つようになったのは、江戸時代に檀家制度が軌道に乗ってきた頃からですが、明治17年に「遺骨や遺体は墓地に埋葬すべし」という初の規制が作られたところを見ると、以前はずいぶん色々なところに埋葬されていたのだと想像できます。

さて、現在一般的な「家墓」の仕組みが浸透してくるのは明治時代のころ以降と言われています。以前は共同体単位の墓所(土葬)が多かったのですが、明治期以降は苗字を同じくする一族の墓所が増え、さらに戦後、人の移動が多くなるにつれ、一家ごとの家墓が増えました。明治以降に家墓が普及したのは火葬の一般化と無縁でははありません。火葬が一般化してきた理由には以下のような要素があると考えられています。

  • 明治民法の施行により家意識が高まった
  • 大量の燃料が必要な火葬が相対的に安価に
  • 火葬が普及することで一つの墓に何人もが入れるようになった。
  • 明治時代になると、人口の増加、都市化の影響で埋葬地の確保が難しくなる

それでも、戦後間もない頃の火葬率は30%程度に過ぎなかったと言われています。このような事を考えると、一般庶民の間に墓を建てて納骨するという習慣が生まれたのは、100年にも満たない期間であるということが出来ます。

参考:1955年(昭和30年)の全国火葬率はまだ57.4%、1965年(昭和40年)が71.8%、1983年(昭和58年)でさえも93.4%です(現在は99.5%以上)から、火葬が本当に一般的になったのは思ったより最近の事のようです。

先祖代々は何代くらい?

そうなんです。良くお墓には「先祖代々の墓」と書いてありますが、現在のような家墓が明時代後半以降に普及したとすれば、実際に入っている「ご先祖様」は2-3代、多くて4代くらいであることが一般的のようです。ただ、民族学者の柳田國男によると、「ご先祖様に罰が当たる」というような道徳的規範のためには、その先祖が誰であるかということは特定する必要はないというから、先祖代々が何代か、などど考えるのは必要ないのかもしれないですね。

墓地は借り物

良く「お墓を買う」、と言いますが、実は墓地は借り物です。通常お墓を新たに設ける場合、お寺(や霊園)に「永代使用料」を払って「永代使用権」を得て、その上に上物(墓石)を設置します。お墓を承継していく人がいる限りは未来永劫その場所を使う権利を手に入れるのです。(「お墓を承継していく人がいる限りは」と言うところに注目してください。「永代」は条件付きなのです。)

お墓を閉めるようなことがあれば、墓地は墓石を撤去し、更地にして寺や霊園に変換する必要があります。

お墓を受け継ぐという事 (承継)

お墓(墳墓)は民法では「祭祀財産」の一部とみなされています。祭祀財産にはほかにも、仏壇、位牌、系譜などがあり、この祭祀財産には「祭祀主催者」がいます。祭祀主催者が亡くなったとき、次の世代にこの祭祀財産は承継されることになっています。これが承継の仕組みです。
しかし、お墓は現代のお墓問題は、この承継制度が根源をなしているといってもよいでしょう。これについては別ページ、「お墓を継ぐ(承継)という事」で詳しく見ていきましょう

みんなが知りたい ~檀家制度とお墓~

檀家制度と墓

「檀家」。良く聞く言葉ですが、ちゃんと説明できるでしょうか?お墓に関する悩みの多くが、お寺との関係に関連しています。また、このサイトの多くの「お悩み解決策」を行うにはお寺さんとお話をする必要があるケースが多くありますので、ここで改めて檀家とは何か、ということをおさらいしてみましょう。

檀家制度とは

檀家が、特定の寺院に所属して、葬祭供養一切をその寺院に任せる代わりに、布施として経済支援を行うことが檀家制度です。

檀家制度の始まり

檀家制度は江戸時代初期に、幕府のキリシタン弾圧策の一つとして、寺請制度を導入したことが檀家制度が広まったきっかけです。当初、キリシタンが仏教に改教したという証明を寺にさせた(寺請制度)のがきっかけでしたが、後には日本人全員にいずれかの寺に所属することを強制し、寺請証文を発行させました。これにより、寺院と檀家が結びつき、檀家制度が形成されることになったのです。

檀家制度と義務

寺と檀家の関係は固定され、檀家制度が確立すると、檀家にたいして寺の権限が強くなりました。民衆の葬祭は檀那寺(自分が檀家になっている寺)で行うことが義務付けられ、その寺から離檀することは出来ませんでした。本来は、お寺や僧侶を援助することで「功績を積む」との考え方によるスポンサーシップであったお布施でありましたが、檀家制度が自分の身分を保証する必要不可欠な寺請証文とのセットになっているために、寺を経済的にサポートすることが義務化されたのです。

また同時に、寺は以前は武士階級でしか行われていなかった仏事を大幅に数を増やし、十五仏事(初七日、一周忌、三回忌など)とし、葬式法要で経済的収入を安定させることに成功しました。このほか、寺院伽羅新築・改築費用、講金・祠堂金・本山上納金など、様々な名目で経済的負担が庶民に義務付けられました

現代の檀家制度

明治時代になると、政府は廃仏殿釈を行い、寺請制度は廃止されました。しかし、檀家制度は依然存在しています。これは、地域の共同体と檀家のグループがほぼ同一であることが主な理由ですが、戦後、農村から都市への大量の人口流出が起こり、農村の過疎化が進むにつれ、地域共同体=檀家の図式崩れました。現在では、寺が墓を持つためにそのまま寺と檀家が繋がっているだけというケースが多くなり、葬儀や先祖の年忌法要といった儀礼でしか寺と檀家は接点を持たないことが多くなっています。このような形態を葬式仏教とよんでいます。

こうやって見てみると、私たちが「供養」と考えている多くの事柄や、寺との関係も実は古くから「寺の経営」という経済関係や時の政府の政策によって成り立ってきたものであることがよくわかります。

お墓に関するお役立ちリンク

  • 手元供養&現代葬:サイドバーにある「余談/論壇」がお墓全般の知識としてとても勉強になります。